おばあちゃんが入院した。ショック。

おばあちゃんが入院した。

結構な高齢だから、元気いっぱいのほうがおかしいが、ショックだった。

 

ばあちゃんっ子だった僕。

 

 

ひどくワルガキだった僕に対して、いつも愛情をかけ接してくれていたおばあちゃん。

悪さをして、両親に怒られているとき、全く違う方向から僕と僕の行いを観察し、方向を示してくれていた

 

 

 

ここ数年、「体調が悪い悪い」と本人は言っていたが、

僕はまだ、元気でいてほしいと思っていた。

 

そして、今、僕が最悪な状態なのをいつも心配して

 

 

「あんた大丈夫?頑張んなよ」

と顔を見るたび声をかけてくる。

「大丈夫。1年もすれば復活するよ!」

根拠のない自信を含めた返答を最近していた。

ほんとの復活が完了するまで、元気でいてほしいと切に願う。

 

おばあちゃんのすきな「相棒」の映画がそろそろ始まる。

相棒の映画はおばあちゃんと毎回二人でデートしている。

食事と映画のコースだ。

おばあちゃんの好きな、ステーキ食べて、映画を見に行く。

相棒Ⅳ」が2月から始まる

それまでに体調よくなって欲しいと願う。

俺には守るものがある!そう。男なら誰でもある

先日、僕の喧嘩相手プンプン鼻息荒げに、

「俺には守るものがある」

と言っていた。

彼には、仕事は定職がないから、多分家族のことだろう。

男としてそれは当たり前!

家族を守らない男は男じゃない!

とその時は思ったが、

まさに彼の言うとおりだ。

 

 

今の僕は、金銭面精神面家族を守っていないことを今まさに感じている。

 

 

 

打開までの道のりは険しいが、まだ僕には仲間と、僕のことを理解してくれ

今の苦労を背負いこんでくれているカミさんがいる。

いまさら地団太踏んでもしょうがない。

僕の関係者へ感謝をしながら、

ただ前と上を向いて歩いて行こう。

カミさん子どもたち満天の笑みを受けた生活がおくれる日まで、

持っている力をフル稼働していこう。

今、一番やりたいこと? 5千円持って香港!

今、僕が一番やりたいこと。

それは。

5千円片手に香港に1ヶ月!

なぜかというと。

10代後半の時、所持金5千円で香港で2週間過ごした経験がある。

その時は、行き帰りのチケットは購入していたが、ホテルはとっておらず、チェンキンマンションなる。大阪の西成にあるようなチープなホテル??があるところで過ごした。

もちろん5000円の中でその寝床代とご飯代

そこには、インド人が多数!当時、流行ったボロボロジーパンでうろついてたら、インド人「きたねー!なに人だよこいつ?」なんて言われた。そいつらのほうが僕からしてみたら、汚い格好だった。こっちが英語わからないと思ったんだろう。

 

「あっこれ、リーバイス。知ってる?お前の国に売ってる?」僕がインド人に英語で噛みついてから、そのインド人数人と仲良くなり、そいつらが安く飯を食べれるところや、安い部屋を紹介してくれた

ほんとにあいつらはいいやつだ。多分もう僕の人生の中で会うことはないだろうが、あいつらのおかげでその期間生き延びれたことは確かだ。

僕が、所持金なくなったから帰ると言った時も、あいつらの一人は涙目で、「ここで仕事紹介してやるよ」とまで言ってくれた。

自分磨きのために行った行為で、こんな熱い出逢いができると思っていなかった僕は涙した覚えがある。

 

あの時「うん。仕事紹介して!」と言っていたらどんな人生だったんだろうか?

 

当時も香港の物価日本とあまり変わらない

前回、結構しんどかったが、いい出会いができ、なんとか2週間過ごせた。

次回、再出発に向けて、もう一度もっと過酷な状況の

再チャレンジをやってみたい!

カミさんが買ってくれた、楽天スーパーポイントセールで安く売っていたという、

夏季限定?の、いも焼酎をロックで飲みながら

近い未来の妄想にふけった。

金は金を呼ぶ。暇は暇を呼ぶ。過去に戻ったら?

できる男は金を呼ぶ! ― 金を使うな 頭を使え金は金を呼ぶとはよく言ったもんだ。

時は金なりのはずが、

 

 

今の状態(申し立て前)では、やれることの上限があり、

なにもやれないまま時間だけ過ぎていく。

 

 

はぁ。永ちゃんの時間よ止まれの歌詞がよぎってきた

 

矢沢永吉 ALL TIME BEST ALBUM(通常盤)「時間よー止まれー いのちのめまいの中で」

 

 

 

止まるというより、巻き戻したい気分だ。

巻き戻せたら、どこからはじめよう。ふと考えた。

15歳。

で。15歳から何やろうか考えた。

勉強して大学。

大学行ってから何やろうか考えた。

渡米

渡米してから何やろうか考えた。

起業

やっぱ。こうなるよなぁ。結局。

ついでなんで、僕のひととなりを書いちゃお。

起業家は人と違うとよく言われるけど、僕は10代の時感じた社会の歯車感が嫌だったんだと思う。

先輩、後輩の関係が嫌で嫌で、先輩にケチつけて、なんだかんだいつも一人でいた。

一応、遊ぶ友人はいたけど、僕がいることでプラスになる時はよってきてたが、先輩にケチつけてた時とかマイナスになる時は、一人だったな。

そんな生活だったから、みんなに合わせるとかできなかったんだと思う。

今もそうなんだろうなぁ。結局。

これからどうなんだろうか。

 

 

MY LIFE

いや

OUR LIFE

 

前途多難はしょうがないし、どんと来い。

でも楽しい人生にしたいね。

家族たちと、今いる仲間たちと。

そのうち、時が金を生んでくれることを期待して。